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STOiCとは?

「ストイックな人」と言われれば、自己管理ができている人、禁欲主義者などと捉えられています。そこには、行動の管理、時間の管理など、様々な自己管理が含まれます。言いかえれば、自分の価値観や生き方を定め、人生の目標を持ち、そこに向かって努力を惜しまず、自分自身をコントロールしていくことができる人と言えるのではないでしょうか?

 こういう「STOiC」な思考は、周りから見ると、周囲との協調性に欠けることも多く、「何でそこまでするの?」、「そこまでして何になるの?」と、変わった思考に捉えられるかもしれません。あるいは、自分に厳しく生きていくことをネガティブに考える人もいるでしょう。特に、楽しくラクに日々の人生を過ごしていこうとする人間からは、変わった考え方に見えるかもしれません。

 しかし、それでも、自分の価値観を変えず、自身の人生を通して、自分の思考や行動を継続していくことに意味を見出している人間は、プライドや肩書き、地位や名誉を超えた目標をすでに見い出していて、「STOiC」な思考そのものが、自身には当たり前になっているのかもしれません。

「STOiC」とは、厳格に自己を管理し、自分自身をコントロールする思考です。その思考の土台には、ゆるぎない独自の価値観があり、その価値観を貫き通す勇気と覚悟を必要とする思考だと考えます。

STOiCとは?

STOiCな生き方

ゆる~く楽な生き方をしている人は、その生活習慣が体型や顔つきに自然と出ています。例えば、緩んだお腹、垂れたお尻、ふっくらした二重あご、なんとなく老け顔な印象。見た目を気にせず、見た目を捨てて、ゆるく生きる生き方も、一つの価値観。常に楽な方を探して生きる生き方、そういう人生も楽しいかもしれません。しかし、ゆるく生きるということは、自分自身に甘く生きていくということですから、当然、苦難や逆境に弱く、忍耐力や精神力も弱っていきます。いざという時に、必要な力が発揮できないかもしれません。それは、場合によっては、生きる力を発揮できないことにつながるかもしれません。

「STOiC」に生きるというのは、自分自身を厳格に管理し、誘惑に流されず、欲望に負けず、自分自身を律する生き方です。そこには、強い意志と精神力が必要になります。自分に厳しく、自分を律することができる人は、逆境にも強く、少々のことではあきらめたりせず、自分の限界を超えた力を発揮しようとします。ここには、非常な肉体的、精神的なパワーが必要になります。

どちらの生き方が正しいということはありません。ただ、私達「STOiC」では、「ラクな道」と「険しい道」の分岐点にある時、自ら苦難の多い「険しい道」を選べる人間こそが、人生において、人間としての成長を続けていける人間だと考えています。

STOiCな生き方

トレーニングスタジオ「STOiC」の目指すもの

私たちは、トレーニングスタジオやパーソナルジムといったサービスの中で、単にカラダの変化だけをゲストの方々に感じて頂きたいとは思っていません。

「STOiC」に通って頂く結果として、体型は筋肉質に変わって引き締まり、アクティブな印象になるでしょう。また、顔つきも精悍で若々しく変わり、ポジティブな印象に見られるようになるでしょう。それは、見た目の変化としての結果です。

私たちは、見た目だけでなく、ゲストのメンタルやライフスタイル、生き方や思考、つまりはそのゲストの「人生」も変化していくことを願っています。自分に厳しく、自分自身をコントロールできる人間は、逆境から逃げず、苦難に向かい、自らの精神力も日々成長し、メンタルストレスに強くなっていきます。そして、ストレスに対応できる力は、感情をコントロールする力となり、常に冷静な判断と行動ができるようになっていきます。つまりは、いわゆる「キレる」ことがなくなり、自分自身のココロを平穏に保つことができるようになります。平穏なココロは、人生を豊かにするだけでなく、自分以外の者や物(例えば、友人や知人など自分以外の他人、動物や植物など命あるもの、そしてそれらが存在する環境など)を大切にし、尊重し、感謝できるようになります。

単なるトレーニングかもしれませんが、それを通して、ゲストの生き方や人生観が豊かに変化し、ゲストの人生そのものが充実していくことを願ってやみません。

トレーニングスタジオ「STOiC」の目指すもの

私たちは、トレーニングスタジオ「STOiC」に居ます。そこでは、適切で効果的で安全なトレーニングを伝えたり、個々のゲストに必要なトレーニング関連情報を発信してまいります。が、同時に、ゲストの方々の人生が豊かに充実したものに変化していく過程を、ずっとずっと末永く、近くで見守らせて頂きたいと思っています。そのゲストの人生の変化そのものが、私たち「STOiC」の喜びになり、「STOiC」が存在する価値になると考えています。